中野ブラザーズヒストリー Vol.11 ~波乱の幕開け!東京での初ステージ~

日本を代表する #タップダンサー #中野ブラザーズ の昭和の芸能界を彩り、駆け抜けた栄光の軌跡を紡いでいきます。


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植松芸能事務所に所属した中野ブラザーズだったが、米軍キャンプでの出演は女性ダンサーが主流であり、なかなか仕事が入らずに悶々としていた。

事務所の米軍キャンプの仕事で一番売れていたのが、小林シスターズというコミックタップだった。

忘れもしない1953年9月26日、品川の米軍クラブ「バタフライ」での仕事が舞い込む。ただし、踊ってもお客様に受けなければギャラはなし、という条件だった。

それでも二人は東京での初仕事に飛び上がるほど喜んだ。

勢い勇んで「バタフライ」の楽屋に入って簡単なリハーサルを行っていると、どうも周りに不穏な空気が立ち込めていることに気づいた。植松社長と米軍の将校がもめている。もめているというよりも、植松社長が一方的に責め立てられているように見えた。

楽屋に戻って社長に聞くと、その日は小林シスターズの出演日だったというではないか。将校はリハーサルをしていた中野ブラザーズを見て社長にクレームを言っていたのだ。

社長はそこで、シスターズとブラザーズを間違えたと言って平謝り。ところが本番までもうあとわずか。やむなく将校は中野ブラザーズを舞台に上げることにした。

緊張感漂うステージで、二人は「12番街のラグ」(12th Street Rag)を踊った。

客席を見ると、米軍たちが怖い顔で男二人のダンサーをにらんでいた。それでも東京で初めてのダンスなので、張り切ってニコニコと楽しく精一杯踊った。

ダンスが終わってお辞儀をしてステージを引き上げると、客席から大きな拍手が鳴りやまない。二人は顔を見合わせて自分たちの耳を疑った。

アンコール!アンコール!

ものすごい大きな歓声で再びステージに呼び戻されると、いままで受けたことのない万雷の拍手と指笛が客席を包んでいた。

二人はもう一度顔を見合わせ、喜びと感動で胸がいっぱいになった。

客席に再びお辞儀をする。

これで東京で仕事ができる、東京で生活ができる、という安堵と興奮を、鈍く光ったステージの床を見ながらかみしめた。

その夜、二人はステージでの出来事を思い出して、興奮でなかなか寝付けなかった。

中野ブラザーズを売り出すために、シスターズとブラザーズをわざと間違えて出演させた植松社長の策略が、見事に奏功したのである。

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