中野ブラザーズヒストリー Vol.9 ~多忙を極めた少年時代~

最終更新: 5月5日

日本を代表する #タップダンサー #中野ブラザーズ の昭和の芸能界を彩り、駆け抜けた栄光の軌跡を紡いでいきます。


***

京都の旅館「さくらや」で暮らしながら、学校へ通い、演劇やタップダンスのお稽古、小雀劇団の舞台出演、映画出演と多忙を極めていた少年時代。


1951年、東横映画『夢介千両みやげ 春風無刀流』(主演・片岡千恵蔵)に出演。物語のカギを握るスリの役で出演回数が多く、撮影所に毎日通った。

同年、大映映画『万花地獄』(主演・嵐寛寿郎)でも吹屋の少年の役で撮影所に日参した。

達者な演技力を認められた章三は、映画監督や日本を代表する数々のスターさんたちに可愛がられた。現在でいうところの人気子役の走りであった。


1952年の春、章三が中学校を卒業したのを機に、啓介とともに小雀劇団を卒業し、吉田タケオに弟子入りをして本格的にタップダンスの修行が始まった。

吉田タケオ・ダンススタジオの所属となり、昼夜お稽古に明け暮れ、吉田ダンシングチームのメンバーの一員として、米軍キャンプやキャバレーなどを廻った。

吉田タケオ先生のもとで、プロのダンサーとして活動した1年間は、二人の将来にとって非常に有意義な時間であった。


そして、啓介と章三は母を伴って、いざ華の都・東京へと進出するのである。

#中野ブラザーズヒストリー #中野ブラザーズ歴史 #中野啓介 #中野章三

1951年、萩原遼監督

東横映画『夢介千両みやげ 春風無刀流』

スリの三太役の章三

0回の閲覧

Copyright ⓒ2020 一般社団法人中野ブラザーズタップダンス連盟 All Rights Reserved.

〒104-0061 東京都中央区銀座3丁目10-19 美術家会館ビル2F