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中野ブラザーズヒストリー Vol.15~活躍の幅を広げる中野ブラザーズ~

日本を代表する #タップダンサー #中野ブラザーズ の昭和の芸能界を彩り、駆け抜けた栄光の軌跡を紡いでいきます。

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1956年5月、日劇への初出演と江利チエミさんとの初共演を果たしてすぐ、大阪北野劇場で『江利チエミショウ』、その夏には九州と関西を三週間かけて巡演した。

熊本の公演では、オードリー・ヘプバーンの映画『麗しのサブリナ』と『江利チエミショウ』が交互に上映上演された。

チエミさんはもちろん、ショウの出演者やバンドメンバーなども客席に交じって映画を観て、映画上映後、客席が明るくなる前に、こっそり劇場から楽屋に行って慌ててメイクをして舞台衣装に着替えた。

チエミさんも映画好きで、楽屋や移動中にはよく映画談議に花が咲いた。

東京にいるときでも「章ちゃん、あの映画スターの名前はなんていうの?」「あの監督は他にどんな映画を撮っているの?」とチエミさんからしばしば電話がかかってきた。

雑誌「映画の友」の編集長である淀川長治先生が主催する、映画好きが集まる談話会にも参加するほどの映画フリークだった章三は、チエミさんの質問にはなんでも答えることができた。夜更けに電話がかかってくることもあり、チエミさんの質問に答えると「ああ、すっきりした。やっとこれで眠れるわ、章ちゃん、ありがとう」といわれた。

その後、中野ブラザーズの名前は広く知れ渡り、チエミさんと一緒ではない舞台にも多く出演するようになる。

同年、10月、11月に出演した日劇『秋の踊り』では、GIの衣装でプリティー・ガールズと一緒にタップダンスを踊った。


1956年、日劇『秋の踊り』

GI姿でプリティー・ガールズとタップダンス


同年、大阪北野劇場にて

♪マンボ・エイト


同、♪サンデー・ジャンプ


同、フィナーレ

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